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3.11 [日々の日記]

 2011年3月11日に東日本大震災が起きました。
 被災された皆様に心からお見舞い申し上げるとともに、亡くなられた多くの方が安らかに眠られることを祈っています…。

 フィリピンの旅の記録がもうすぐ終わり、というところだったのですが、東北出身者として、やはり今回の震災のことは記事にしなければと思いました。

 津波の被害 が甚大だった三陸の町々は、私にとって縁が深い地域です。
 三陸の町を思う時、脳裏に浮かんでくるのは今でも、冷たく透明なコバルトブルーの海と、陸地を覆う松の木、細 かい霧のように漂う磯の香りです。

三王岩.jpg

2005年5月撮影 岩手県宮古市にある奇岩、三王岩


 岩手県宮古市は私の母の出身地であり、私が生まれた町でもあります。子供のころは夏休みになると母の実家に泊まり、毎日海水浴に行っていました。

浄土ヶ浜.JPG

宮古にある景勝地、浄土ヶ浜(宮古市HPより)

 冬休みにはお年玉目当てに親戚を訪ねて歩いたものでした[あせあせ(飛び散る汗)]

 私にとって海といえば宮古の海でした。
 心のずっと奥の方で、いつもさざ波を立てている海です。

 真っ黒い海が大きな波を立てて迫ってきた、という話を親戚がしていたのですが、真っ黒い海というものがなかなか想像できませんでした。

防波堤流される.JPG


 震災後、岩手へ帰省し、宮古へも足を運びました。
 いつもの海が、荒れた後の状態になっているのを感じました。

 ↑ 沖合の防波堤は流されていて、

流木のある蛸の浜2.JPG


 ベニヤ板用の材木や重機、住宅が浜にうちあげられていました…。

 

 宮古の他にもう一つ、縁のある町があります。
 岩手県の沿岸南にある大船渡市です。
 小学校6年生から中学2年生までを大船渡で過ごしました。 

大船渡駅.jpg

2007年8月撮影 JR大船渡駅

 10代前半を過ごした、甘酸っぱい思い[揺れるハート]が詰まっている町です…。
 沿岸の町に「住んでみる」のは初めてのことだったので、内陸部とのメンタリティーや言葉の違い、気候の違いに戸惑ったのを覚えています。
 深い入り江に造られた港にはいつも船がありました。外国の船が停泊していると冒険心が掻き立てられたし、湾内の穏やかな海をぼーっと眺めるのも好きだった。
 湾に迫るようにそびえる山々は春になると山桜が咲き、初夏の季節には爽やかな潮風が吹き抜けていた。

穴通磯.jpg


 ↑ 大船渡にある景勝地、碁石海岸の穴通磯(あなとおしいそ)です。漁師さんの運転する「さっぱ船」に乗ると、穴の中を通って遊覧することができます。

さっぱ船.jpg


 「この前乗ったお客さんは船に乗ったまんまアワビをとってった」、と、さっぱ船を運転する漁師さんが教えてくれました(それって密漁ではないの??[あせあせ(飛び散る汗)]。海中が透明で、もしアワビがあったなら、手を伸ばせば本当にとれてしまいそうでした。

あわびはなし….jpg



 地震が起きて数日後、大船渡の隣町、陸前高田市の様子がTVに映りました。その瞬間、「ちょっと待って~~~[あせあせ(飛び散る汗)]」と言って、TVの前に駆け寄ってしまった。
 これが高田?? 町がないよ……? 松の木も、全然ない……。 

 なだらかな砂浜に松の林が並ぶ高田松原は、岩手県屈指の海水浴場です。
 正月に高田松原で凧上げをしに行ったのを覚えています。天国までいっちゃうんじゃないか、っていうくらい空高く凧が上がって、自分も一緒に飛んでいきそうな気がしたあの場所。
 クラスメートと遠足気分で、山を越えて歩いて高田まで行ったこともあったし、中途半端な時期に転校してきた私によくしてくれた、小学校の担任の先生が住んでいたのも高田だった。

 信じられない、と思って、頭を抱えていた。
 でも、一人取り残されたようにぽつんと建っている「キャピタルホテル1000」(陸前高田の出身、千昌夫が建てたホテルです[たらーっ(汗)]が、ここは間違いなく陸前高田なんですよ、と教えているようだった…。

大船渡市街.jpg


 通っていた中学校から眺めた大船渡の市街地です(2007年の様子)。
 私が住んでいた地域は津波で壊滅状態になっているそうです…。
 今はどんな景色になっているんだろう……。

 

 復興には長い時間がかかります。そのことは宮古を訪れた時に実感しました。

宮古市内2.JPG


 宮古市の中心部、末広町~黒田町界隈にまで津波で船が流されてきていました。

港町集落.JPG


 母の実家がある地域は壊滅状態です。
 地形が複雑なため、まったく津波の被害にあってない家もあれば、跡形もない家もある、という不思議な光景が広がっていました。

観光船漂着.JPG


 浄土ヶ浜の観光船が流れ着いていたので、母の実家の辺りは、宮古港からの津波と、浄土ヶ浜に隣接する蛸の浜からの津波の2方向から、挟み撃ちにあうように津波に襲われたと考えられています…。

港町.JPG


 ここが、母の実家のあった場所なんですけど……。

 ここで一人暮らしをしていた叔父の行方がまだ分かっていません。近所の人と途中まで一緒に避難所へ向かっていたところまでは分かっています…。

 この界隈の道路は車1台がやっと通れるくらいの道幅しかなくて、家々も密集して建っていたため、ほとんど見通しのきかない場所でした。こんな風に山が見えるなんて、初めて知った……。

 

 実際に現地に行って、現実に起こっていることなんだ、と納得できた一方、言いようのない恐怖心や、体中が危機に備えている感覚が常にある状態です。



 私が愛した町の姿は、もうない……。



 
 地震があってから、頭の中にずっとTaylor Swift の『Never Grow Up』が流れています。
 どうしてなのかは分からないけど…。


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 きっと、自然が起こした被害は自然と共に立て直していくことができるんだろうなぁ、と思っています。海はもう懲り懲り、という人もたくさんいると思うけど、やっぱり私たちは海と一緒に生きていくしかないんだろうな、とも思います。

 問題は、自然に存在しないものによる災害ではないでしょうか…。
 自然の力で治癒できない、しかも人間の手で制御が効かないものを手に入れて、しかもそのパワーがあることを前提にした社会を築いて、私たち、どこに行こうとしているんでしょう…?

水平線.JPG


 長い目で見て、復興のためにできることが何なのか考えていきたいと思っています。
 がんばれ、って気安く言わないでほしい、と思っている被災者の方もいるかもしれない。でも、前へ進んでいくためには「一緒にがんばろう」、としか言えない…。

がんばろう岩手.JPG


 一緒にがんばろう ……

 [過去記事はこちら]
 「三陸の町、宮古」 (2009年9月)


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コメント 8

とみっち

ほんとテレビの映像を見たりすると言葉が出ません。
この風景に思い入れのあるpawapawさんにとっては
それ以上の思いだと思います。
このようなきれいな海や町並みに戻るまで
何年かかるか分からないですけど、
小さいことでも自分たちの出来ることをして
みんなで頑張っていきたいですね。
by とみっち (2011-04-06 00:17) 

pawpaw

>とみっちさん、
コメントありがとうございます。
実は、行方不明だった叔父の遺体が見つかりまして…。
未だ不明の方が多い中、遺体が見つかったことは恵まれたことだとは思うのですが、やりきれない気持ちを一層強く抱えている状態です。

自分ができることは何なのか悶々と考えている日々を過ごしていました。
私ができることなんて、本当に微力でしかないのだけど、小さいことを積み重ねて少しでも復興の後押しができれば、と思っています。
暖かいコメントありがとうございました。
by pawpaw (2011-04-10 21:06) 

くろた

pawpawさん、被災地のみなさまにほんとに心から
お見舞い申し上げます。
津波の凄まじさ、恐怖を体験した人たちに
何と言葉をかけていいものか本当に
考えてしまいます。
それでもやはり『一緒にがんばりましょう。』と
言うことしかできません。日本人一丸となって
乗り越えましょう。
by くろた (2011-04-25 12:00) 

pawpaw

>くろたさん、
コメントありがとうございます。
くろたさん、確かお仕事で宮古にいらしたことがあるのですよね…。
復興するのは並大抵のことではないと思います。
阪神淡路大震災を経験した、神戸をはじめ多くの街が現在の姿に復興したのはすごいことだったのだな、と改めて感じました。
悲嘆にくれたり、やぶれかぶれになったり、いろんな気持ちがあると思います。でも、前へ進むためにはやっぱり「がんばろう」と思うしかないです。
絶対乗り越えられるはず、と信じています。
ありがとうございました。
by pawpaw (2011-04-26 21:37) 

mee

実は一昨日、あのスマトラ地震以来、プーケットに一度もなかった地震がありました。震度2弱くらい。。。
タイ人は気づいてない人が多かった・・・。
by mee (2011-05-02 22:41) 

pawpaw

>meeさん、
え、そうなんですか?
スマトラ沖以来地震なかったんですね……。
あんなにひどい津波はもうめったに来ないだろうと思っていたのに、よりによって三陸にくるなんて…、と思ったのでした(T_T)。
数年おきくらいに大きな地震が起きている気がするんです。
これ以上、どこかに派生しないことを祈っています…。
by pawpaw (2011-05-03 15:52) 

kazn

こんばんは、ご無沙汰です。
今日はコメントありがとうございました。
あの日以来、なにかにつけて無気力となりブログの更新も思うようにならなかったのですが、
pawpawさんのコメントで少し元気になった気がします。
被災した訳でもないのに、情けないことです。

・・・ブログ、更新しました。

by kazn (2011-05-03 21:20) 

pawpaw

>kaznさん、
コメントくださってありがとうございました。
被災した訳でもないのに…、とおっしゃる方は私の周りにもいらっしゃいます。私も直接被災した訳ではないのに、ずんどこどーん、となってました。この記事も、えらい感傷たっぷりになってもーた、と振り返っている次第です…。
被災地に思いを馳せたり、何かに協力したりすることで、誰もが被災地とつながっているんじゃないかな、と思います。
ブログ、見に行きますね。
by pawpaw (2011-05-05 17:58) 

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